陸奥国八戸総鎮守 法霊山龗神社ブログ

青森県八戸市の総鎮守である法霊山龗神社で行われている日々の社務や神社や神道に関する豆知識、地鎮祭やお宮参り、七五三をはじめとしたお祝い事をブログでご紹介しています。

社務日誌雑談

母親と決別した人の実話

今日の夕方、偶然賽銭箱前でお声掛けした、とある方の話。
一部ぼかして書きます。
また私の記憶が曖昧な部分は若干補正しますが、盛ったり話を作ったりはしておりません。
全てがこの方の身に起こった実話になります。

法霊山龗神社instagramからの投稿

ご本人が高校生の時、父親が重病を患い寝たきりになって、働けなくなったそうです。
ご本人と母親の他、歳の離れたまだ小さい弟が2人いたそうですが、母親は旦那を見限って他に男をつくり、家族を捨てて出て行ったそうです。

悔しくて怒りを覚えたとは言え、父を見ながら家族を養うには自分しかおらず、早朝も深夜も掛け持ちで働きながら高校に通い、家族を守っていました。
弟達は母親の事情を理解できるような年齢ではなく毎日お母さんに会いたいと泣いたそうですが、心を鬼にして我慢するように言い聞かせ、ひたすら働きながら親兄弟を養って来たそうです。

1年程経った頃、弟の誕生日だったそうですが、奮発して誕生日ケーキを買ってあげたそうです。
それが精一杯だったそうで。
切り分けて父と弟2人、自分の4人で食べた時、弟が「この残ったケーキをお母さんにもあげたい」と言って泣き出し、つられてもう一人の弟も泣き出してしまったそうです。

せっかくの誕生日なのだからと、居場所は知っている母親の所に、気乗りしないものの、残ったケーキを持って弟2人と3人で向かいます。
弟達は当然大喜びで期待に胸を膨らませていました。

インターフォンを鳴らし、ドアの鍵が開けられる音がしてドアが開いた所に母親が立っていました。
久々に母親の顔を見て弟達は笑顔になり、母に話しかけようとした瞬間、

「なんだ、何しに来た?どうせ金取りに来たんだろう。お前らにやる金は1円も無い!」

母親は実の息子3人に対してこう言い放ったそうです。

瞬間、生涯二度と会う事など無いと誓い、弟達の手を引っ張り、ケーキを持って3人で泣きながら帰ってきたと言っていました。
そして少しばかりでも期待していた自分に腹が立ったとも。

その後苦労して親兄弟を養い、弟達にも学業と掛け持ちで働いてもらいながら、何とか高校まで出す事ができた、と微笑んでおられました。

そしてこの度下の弟さんが結婚して家族を持つ事になり、やっと自分の役目を果たしたと感じてふと人生を振り返った時、唐突に神棚を祀らなければならないと感じたのだそうです。

ご本人が言うには、母親に捨てられた時、会いに行って辛辣な言葉を浴びせられて深く傷ついた時、この時の事が今でも夢に出てきて、人生で一度たりとも自分に自信を持った事が無いそうで、今も独身でおられるとの事。
その為人とのコミュニケーションが苦手で、神棚も誰にどう相談するものか悩んで神社に参拝していた時、たまたま七五三の準備で拝殿にいた私にこんにちわと声を掛けられ、思い切って相談したのだとか。

参拝後もずっと社殿内を伺うように見ておられたので、何か用があるのかと思い声をお掛けしました。
お話も、失礼ですが話もハッキリしない感じの話し方で、迷ってるのか何なのか判断しかねている様な印象を受けたので、「神棚を祀る動機というか、もしかして何かよっぽどの事情があるんですか?差し障りなければお聞かせ頂ければ、お力になれるかも知れませんよ。」と聞きました。

私としては何かの宗教から強引な勧誘とか、最近やたら多い霊障的な話とか、そっちの想像をしていたのですが、「個人的な話で申し訳ないのですが…」と言って話してくださったのがこのようなお話でした。

年齢は多分私とあまり変わらない位かと思いましたが、どれ程の思いをされて、如何程の覚悟で人生を送って来られたのか、浮ついて生きてきた自分が恥ずかしく感じる程でした。

いい服を着て美味しいものを食べて、趣味にお金を使い精神的な充実感を得る、そんな生活など経験どころか想像すらした事無いそうですが、人としての精神性は私など及びもしないでしょう。
そのような贅沢が全て悪いとは思いませんが、この方の前で語るには浅ましく卑しい根性と感じてしまう程に、私としては衝撃でした。

せめて今後の人生が苦労に見合った実りあるものであります様、そしてまたお会いできます様、心より祈っております。