お祓いに来た方との不思議なお話
またまた、お祓いに来た方とのお話です。
神棚の御魂入れにいらしたのですが、実はこの方の神棚御魂入れをするのは、ここ2〜3年でもう5回目位です。今回は今までの神棚がタバコのヤニで汚れて買い替えたので、御魂入れをしてほしいという事で、神棚祓いをいたしました。
この方は、その他にも様々な御祈祷に来られる事が年に何度もあり、失礼ながら何か余程の事情があるのではないかと思い、来られる度に様々なお話をしております。
そして前回の御祈祷の時は、私個人的に忘れもしない出来事があったのですが、、、
邪気枉事の祓いをお願いしたいという事だったので、何かあったんですか?差し支えなければ、と伺ったら、悪いものが身に降りかかってくるので、それを祓って欲しい、との事。
それで、その様な内容で祝詞を奏上する事にしたのですが、奏上中、急に声が出しづらくなり、祝詞も文字が見づらくなって、うわぁ困ったなぁ、なんて思いながらも途中でやめるわけにもいかず。
その時急に、祝詞が見えづらいのではなく、一部だけがやたらと見えやすいという事に気付きました。特定の二文字だけがハッキリと見えている、という状態でしょうか。その文字が「人」と「災」の文字でした。
祝詞自体が邪気枉事祓いのものですから、大前に参列している◯◯という人に、枉事災があれば、十握剣で薙ぎ払うが如く祓退けてください、という感じの内容だった為、人と災という文字が入っていました。
何とか祝詞を奏上し終えて、祈願後に「もしかして、霊障とかじゃなくて、人の災いとかじゃないですよね?」と聞いてみたら、案の定、職場で壮絶なイジメに遭い、人格や存在までをも否定される様な事が起きている、まさに人災で苦しんでおられました。
何でわかったんですか?と聞かれたので、何となく偶然そんな感じがしたもので、というのもどうかと思い、一応素直に、何か神様がそう言ってる気がしたんですよね、って感じで話しました。
すると、もう自分ではどうする事も出来なくなって、自尊心を見失いかけている、ここまで来ると悪しき者に魅入られたという考えに逃げる他なくて、お祓いに来たのだそうです。
けど神様が伝えようとしてくれたならば、少し話をさせて欲しい、という事だったので、様々なお話をしました。私が神職の役目とする事は人から神への願意奏上ですので、あとは個人的な話とはなりましたが、一方的とはいえ話を聞けば、その方の心情を思うとこっちまで泣きそうになりました。
それ以降、特に神棚前で自分が祝詞を奏上する事を心掛けているそうで、わからないので自分で購入したそうなのですが、それが写真のものでした。どの祝詞を読めばいいのか?という質問があったのですが、詳しく全部は見ていないものの、大祓詞以外は私にはわからないものばかりで、答えが難しかったので、️
大祓詞️
神棚拝詞
通常はこのあたりでいいと思いますけど、と答えました。この本が何の祝詞なのかわからないのですが、やはり延喜式祝詞とは形式が違うようで、音訓混ざったもの、衆生の苦しみを救うなどの神社神道には無い考えのもの、そもそも単語自体が新しいものなど様々でした。
良い悪いなどというのは無いものの、神社神道には神社神道の決まり、他宗教にはそれぞれの決まりがあると思いますので、神代からの神社神道の神を祀る場合は、やはりその決まりに準ずるべきかと思います。
神職が笏ではなくて数珠を持って祈願したり、住職さんがロザリオを持って読経してたらおかしいのと同じで、祝詞も神社神道の神に向けた言霊であれば、神社神道の形式に則るべきかと思います。
この点、いずれ機会を探して詳しく書きたいと思います。