陸奥国八戸総鎮守 法霊山龗神社ブログ

青森県八戸市の総鎮守である法霊山龗神社で行われている日々の社務や神社や神道に関する豆知識、地鎮祭やお宮参り、七五三をはじめとしたお祝い事をブログでご紹介しています。

社務日誌

法霊山龗神社instagramからの投稿

9月2日の八戸三社大祭ではどんな事をしていて、何の意味があるの?と2人に聞かれたので回答した話。一般的な八戸三社大祭といえば、7月31日から8月3日で、そのうち神賑行事、俗に賑やかしと言われるのが7月31日の前夜祭。便乗イベントが8月4日の後夜祭。大まかにこの日程が一般的な方々の三社大祭だと思います。しかしながら龗神社の関係者、各山車組や芸能団体始め大祭関係者などは、9月2日で終わりだという認識を持っていると思います。と言っても各団体の責任者あたりに限定された話ではありますが。んで、最近お祓いに来た方にインスタで見たが、9月2日って三社大祭と何の関係があるのか?と質問を受けました。それから、御祈祷予約で電話頂いた方が9/2希望と仰ったので、三社大祭の例大祭だから受けられない旨伝えたところ、何で今の時期に三社大祭が関係あるのか?と聞かれました。って事で、この機会に書いておこうと思ったわけです。八戸三社大祭が発祥した当初、この頃は龗神社単独の祭禮でしたが、日程は9月1日から9月3日で行われていたそうです。先代宮司の話によると、9月2日が法霊明神の命日である事からその日が例祭日であった為、そこを軸に決定した日程であった、と聞いています。それから日程や内容も時の流れと共に人の都合で変遷し、三社大祭に何故神社が関係あるの?って人が圧倒的に多くなってきて、大規模イベント化の様相が強くなってきました。この辺が地方クオリティ丸出しで悲しいところです。そこで、発祥当時の由緒を失う事なく伝承していけるようにと、発祥時の中日の日、旧に倣い例祭を行う事とした、というのが9月2日です。私個人としては、8月2日に同内容の例祭を執り行っても由緒が正しく伝承できるよう、関係者始め衆に広く教化育成を行っていくべきと思っていますが、現在は9月2日に行なっています。そして9月2日は法霊さんの命日祭として執り行うのがいいんじゃない?というのが私個人の考えです。と、話は少しそれましたが、現在龗神社では、八戸三社大祭の根幹に意味成す日であるとして、「八戸三社大祭龗神社例大祭」が9月2日に定められており、8月2日は「八戸三社大祭龗神社中日例祭」と称して斎行しています。では、9月2日は、どのような祈りを捧げているのかを、奏上される祝詞で解説します。-———十六夜の静けさに佇む月夜見大神は、そのお姿を現す時間も早くなり、ほのかな侘しさにいざなわれて竜田姫(秋の神)の足音も徐々に聞こえて来るようで、あの天照らす陽射しも厳しい中、郷内を巡った葉月大祭は、今や陽炎の如く感じられる程に時も流れた今日長月2日、三八城二ノ丸に鎮座する法霊山龗神社大神等の大前に恐れながらも申します。人の世は振り返る事を知らない川の流れのように発展し、生活産業の在り方も時代と共に変わりましたが、千早振る神代より祈りの在るべき形は受け継がれ、今に至っても畏れ敬う心根は変わっておりません。だからこそ、大神等の恩頼に感謝している八戸三社大祭関係者共は大前に参列し、享保の昔より執り行ってきた大祭は、郷内を巡り厳かにも賑やかに終了して、今日を以て今年の八戸三社大祭の全てが執り納められる旨奉告します。よって御饌御酒御幣を献上して、これからの一年間、八戸市が平穏で、産業は発展し、八戸市民の生活は豊かに、予想外の枉事災いは、村雨に晴れ行く朝靄のように消し去って人々を導いて頂きたいと願っています。来年も変わらず大祭を行えるように、皆役目に励み、精神は気高く、天皇の御代は永久に磐石に有らしめ給い、大祭に縁も深い八戸大名家南部氏はもちろんの事、国民市民に至るまで栄えさせて頂き、守り恵み導いて頂きたく、恐れながらも乞い願い申し上げます。-———ざっと言えば、って長かったですが、こんな感じの事を奏上しています。以上が9月2日の八戸三社大祭最終日概要ってところです。祭典中にはどうしても写真撮れないので、掲載した写真は、直会の席をキャバクラと勘違いして長い時間盛り上がってた山車組のどうしようもない人々です。#神社 #神社仏閣 #龗神社 #法霊山 #法霊山龗神社 #青森県の神社 #八戸市の神社 #八戸の神社 #総鎮守 #八戸総鎮守 #八戸 #八戸市 #青森県 #八戸三社大祭 #八戸三社大祭龗神社発祥三百年 #八戸三社大祭2025 #三社大祭 #三社大祭龗神社発祥三百年 #三社大祭2025 #直会
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